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出産レポート④
私が出産した病院は、地元でもかなり人気のある病院で、外来はいつも混んでいました。
妊婦検診も予約制ですが、いつも1時間以上は待たされていました。
分娩当日も出産ラッシュで、あちこちのLDRからママの叫び声とベビーの泣き声が聞こえていたそうです。

私を診てくれていた女医さんは、あとから他のママさんに聞いたところ
産科の中で人気のある先生で指名してもなかなか予約が取れない先生だったそうです。
私はそんなこと知らなくて、たまたま最初に診ていただいたのがこの女医さんで
腫瘍や低置胎盤をとても気にかけてくださって
毎回先生が診てくださっていました。(特に予約はしませんでした)

その先生が当日当直だった、というのも恵まれていたかもしれません。

腫瘍があることと、低置胎盤とで出血が多いことが予想されていたけど
取り上げてくれたのが、ずっと診ていてくれた先生だったので
安心して出産にのぞめました☆

あとからこの先生に聞きましたが、ムスコはへその緒が2重に巻き付いていて心拍が弱まっていたらしく(!)
それで早めに出そうということで、いきみ3回で取り出すことになったそうです。
それを聞いたときにはゾッとしましたが、思えばこの子が産まれる前からいろいろあったので
幾多の困難を乗り越えて産まれてきた、なんとも逞しいムスコです。

ちなみにこの病院は、全て個室で、料理もとても美味しく(最終日の夜には夫とふたりでフルコースの
ディナーが出るのです!しかも音楽の生演奏つき!!笑)、エステがあったり、本当に至れり尽くせりで
リゾートホテルに滞在しているかのような心地よさでした。
私が退院した直後にまたリニューアルしたようなので、またそこでお世話になれたらなーとも思います☆
(和食割烹ができたり、フェイシャル・ボディエステ、ヘッドスパが充実していたり、らしい)


20110405.jpg
↑ムスコと握手を交わす新米パパ。生後13日頃
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【2011/06/03 12:38】 | マタニティライフ。 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
出産レポート③
3月23日(いよいよ出産日!!)

日付変わって午前0時。
このときはすでに陣痛間隔は5分おき。
実はこの0時になるちょっと前から熱が38度ちょっと出ていました。
インフルエンザの検査を念のためやってみましたが、これは前日のチョロチョロ破水に気づかずに
放置していたけっか、細菌感染を引き起こしていたからでした。
抗生剤の点滴を左腕にしつつ、陣痛の痛みに耐えるという、なんていう姿・・・。
発熱のせいか、今度は吐き気まで催してきて、陣痛が来ると「痛い!!」と叫びつつ、バケツに吐く
(実際は何も出ない)、という修羅場に。
破水だと気づいたときにすぐに病院に行くべきだった、次の子はぜったい無痛分娩がいいわ!
と思いながら、うんうん唸っていました。

ところがこれからが早かった。
0時過ぎの回診のときには子宮口が8センチになり、先生が「あら、これはもう少しだよ!」と
子宮内を刺激して(これもけっこう痛かった・・・)あれよあれよ、という間に子宮口が開いていき
「産んじゃいましょう!!」と先生や助産師さんたちが一気に分娩道具をセッティング。
さすがLDR。
分娩道具を出す際に、部屋にいた母とムコ殿はいったん外に出るように指示されて、私はいよいよ
出産体勢へ!

「さぁ、いきみますよー!せーので、お腹に力を入れて!目を開けて口を閉じて!!せーのっ!!」
「んんんんーーーー!!」声にならない声を出しながら、お腹に力を入れる。
このとき、先生が「あ、ご主人立ち会わないの?もう出ちゃうよ!!」と言っている声が聞こえました。
結局ムコ殿はビビッて立会いませんでした(笑)
そして次のいきみのときに、助産師さんが「うんこをするみたいにしていきんでみて!」と言ったので
まさにそんな感じで「んんんんーーー!!」と2回目。
なるほど、分かりやすい(笑)
そしてそして今度は助産師さんが「もっと長く息を吐き続けて!ながーく、ながーく、ながーく!」
その言葉に合わせて、いきむと、私の左側にいた助産師さんが私のお腹を上から強く押したのです。
「わ、押された!!」と思ったその直後、

「はーい!!出てきましたよ!!!」

先生が取り上げたその手には、なんとへその緒が首にぐるぐる巻きになっていたベイビーが!!
まるでマフラーを巻いているかのように見えました。
すぐにへその緒を取ってくださったのでしょう、ベイビーの泣き声はすぐに聞こえました。
すごく安心したのを覚えています。

そして胎盤を取り出し(これがけっこう気持ちよかった。ドロリとしたものが出てくる感触がありました)
縫合をしました。縫合はかなり痛かったです。よく出産直後の興奮で痛みを感じない、と聞いていたのですが
私にはがっつり痛かったです。
あとから聞きましたが、お産が最後に急激に進んだので産道が裂けてしまい、実はそこも縫合していたそうです。
恐れていた出血も輸血が必要になるほどには無かったそうでよかったです。
とはいえ、普通の人よりも出血の量は多かったので、産後はかなりフラフラでした。

3月23日午前2時ちょうど。
へその緒がぐるぐる巻きになっていたものの、元気で無事に産まれてきてくれました。
わずか3回のいきみで出てきた~~!ありがとう。親孝行なムスコ!?(笑)
産まれてすぐ、抱っこもできました。
ムコ殿や母も部屋に入ってきて「もう産まれたの!??」とびっくりしていました。

20110323.jpg
↑今とは全然違う顔(笑) やっぱり赤ちゃんって言うだけあって「赤い」顔ですね。
【2011/05/26 16:33】 | マタニティライフ。 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
出産レポート②
3月22日(出産前日)※後半戦

ムコ殿がLDRに来たのは18時半くらいだったでしょうか。
母親とバトンタッチする感じだったような。
自宅の冷蔵庫に入れていたジュース類やウィダーインゼリーを持ってきてくれました。
痛みもまだまだ耐えられる感じだったので、ジュース飲んだりしゃべったりしてました。
出された夜ご飯も普通に食べました。
その間、助産師さんや先生が子宮口の開きを見に来ましたが、2センチのまま。
ひと段落して、これから長丁場になるからと、ムコ殿にはいったん家に帰ってもらいました。
21時頃には、友人と電話で話してました。このときはまだ余裕だったんですね。

しかしその直後くらいから痛みがどんどん増してきて、陣痛の感覚は6分になりました。
母がいつLDRに入ってきたかも分からないくらい。(多分22時ごろ)
腰がもげそうに痛い!

「あいたたたた~~~!!」と叫ぶと母が腰をさすってくれました。
何度もそれを繰り返し、いつしか母も疲れて腰さすりが中断・・・
そうすると痛みが倍増するような気がして、「痛い痛い!!」と連呼していました(笑)
その間、ムコ殿は黙ってみてるだけ。心の中で「ムコ殿がさすってくれよ。。。」と思ってました。
その頃は言葉にするのももうできないほど。
しぼりだすように、「こ、腰、さすってぇ~・・・」と訴えると、やおらムコ殿が全然違うところをさすってくれる、
という何という悲劇(笑)

先生が内診に来て子宮口を見て6cmになったのが23時ごろ。
「うーん、今日中はムリだね。でも明日の朝には産まれてるよ」
え~、まだまだ続くのこの痛みが~~と、痛みに耐えながらのた打ち回っていると、
意識の遠くからムコ殿と母の会話が聞こえてきました。

ムコ殿 「まだまだですね。早く出てきてくれないかな」
母 「何時ごろかしらね」
ムコ殿 「明日朝イチに採用試験があるですけどね~」
母   「眠くなってきちゃった。ふわぁぁ~」 ←間違いなく、あくびしている!!

なんて他人事な会話なんだ!!!

心の中では思いっきり怒ってました、私(笑)


・・・続く・・・
【2011/05/26 14:00】 | マタニティライフ。 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
出産レポート①
3月21日(出産前々日)

予定日から超過して5日め。天気は雨。散歩も行けないため、実家のランニングマシーンで
ウォーキングを1時間。傾斜やスピードなど調節してほどよい負荷をかけると
かなりお腹が張ってくる。
実はこの連休に東京在住の妹が帰ってきていました。
「この頃までには産まれてるよね」といって飛行機の予約をしていたのでした。
せっかくのチケットがムダに(笑)
夜、早めに寝ようと22時ごろベッドに横になるも、お腹の痛みを感じ始めました。
間隔もあって、はかってみると10分おき!!
ついに来た!??と1人ドキドキしていたのですが、「初産婦は5~6分おきになったら病院に電話」
ということを思い出して、もう少し我慢。ムコ殿にも言いませんでした。
でも定期的な痛みが続いて眠れず、リビングへ移動。明け方4時くらいまでそんな感じ。
いつしか眠りについていました。


3月22日(出産前日)※前半戦

再び痛みで目覚めると朝6時半。2時間ちょっと寝ていました。
その間、多分痛みは治まっていたんだと思う。
前駆陣痛かなと思いながら、痛みをやり過ごす。まだ全然耐えられる。
この日は妹が東京に戻るということで、母が空港まで妹を送っていく予定でした。
しかし私が前駆陣痛かもと伝えると、母は万が一に備えて妹はバスで空港に向かわせ、自宅待機
していました。

実はこのとき明け方くらいから破水していました。

でもそのときの私は全然気づかなくて、むしろ尿モレかな程度にしか思っていませんでした。
いわゆる、チョロチョロ破水ってやつ。
あとで助産師さんに怒られましたけど、破水かどうか分からない場合でも病院に電話すること!でした。
私はちょうどこの日が妊婦検診の日だったので、どうせ病院行くし、痛みもまだ大丈夫だし
検診のときに聞いてみよう!くらいの気持ちでいました。
10分間隔の痛みは昼頃も続きました。
でも普通に洗濯したり、掃除機かけたり、片付けしたりしていました。
そのほうがじっとしているより楽だったから。
そうそう、シャワーも浴びたんだった!(笑) ⇒本当は破水したらシャワーもダメなのだが。
そして14時ごろ、録画しておいた「相棒」を見ながら痛みをやり過ごしていましたが、
途中で寝てしまいました。
おそらく前駆陣痛もおさまったのでしょう。
検診の予定が15時半だったのですが、痛みが復活してきたので、待合室で待つのはきついなと思い
「破水したかも」と言って病院に電話しました。
「すぐに病院に来てください」とのことで、15時15分ごろ病院着。
すぐさま、担当医のところに通され内診。

「あー、破水してるよ、これ。このまま入院ね」

あっという間に診断は終わり、入院の手続。この間も10分間隔の痛み。
待合室で待つ母に「破水してた」メール。母「やっぱり!」と返信。
そのまま車椅子に乗って、LDRに直行。
このとき時間は16時半。
ムコ殿にも「破水したので入院しました」とメール。
「了解~病院向かいます」と返信。なんかお気楽な感じ・・・
そして助産師さんから病院から支給される入院グッズの説明を受けるも、ほとんど耳に入らず。
痛みというよりこれから来る出産への緊張のため。
入院着に着替え、ベッドに横になる。
私が入ったLDRの部屋はドイツだかフランスだかのベッドで、
陣痛逃がしがしやすいようになっているとかで面白い形をしていました。
(のちのち、その部屋が人気がない理由が判明するのですが)

母が様子を見に入って来ましたが、私の様子を見て「まだまだね。お父さんの御飯しなきゃだから
いったん帰るね」と言って帰って行きました。(18時ごろ)
ひとり残された私、涙目・・・(笑)

・・・続く・・・
【2011/04/06 19:19】 | マタニティライフ。 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
予定日超過4日目。
今日で40週4日目。
かなりお腹が大きくなってきついです・・・
実家の父が毎朝「まだか?」と言ってきます(笑)

昨日は超過後初めての検診。
NST(ノンストレステスト=胎児心拍数モニタリング)を40分やってから、エコーと内診。
体重も2800~2900gの間だそうです。うーん、ベスト。
強めの内診もなんとなく慣れてきたせいか、痛いけど、復活も早かった。
(もちろん出血あり・・・)
先生からは
「今週末来るといいけど、難しいかもねぇ。次は休み明けに来てね」
と言われたので、この連休はムリなのかぁ。

この日も関東地方からやってきた新規の妊婦さんで病院は混みあっていました。
私が通っている病院は、震災によってストレスを受けてしまう県外妊婦さんを積極的に受け入れることを
HPや新聞などにいち早く表明していました。
さらには大潮・満月という外的要因もあり、出産ラッシュで先生たちも看護師さんもバタバタ
もう少し病院も落ち着いたときに産まれてくれるほうがいいのかな、なんて思ったりもします。

ネットで予定日超過している人のブログを読み漁ったり、「陣痛ジンクス」を検索してみたり。。。
陣痛がおきやすい、と一番多かったのが焼肉
ということで昨晩は両親と妹家族とみんなで私の陣痛が来るようにと、焼肉がっつり食べに行きました。
しかーし!!
効果なし。。。
そのほかオロナミンCを飲む、階段昇降、散歩、床掃除・・・・
今日は雨だったので、実家のランニングマシンで1時間歩いてみました。
オロナミンCも買ってみたけど、実際飲むとなると躊躇しちゃうのでまだ飲んでません(笑)

ベビが出てきたいときに出てくるから、何しても一緒なんでしょうけどね。
楽しみだなぁ
【2011/03/20 23:11】 | マタニティライフ。 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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